めしがくいたい

あるMENSA会員の生活

ドラッグ使用時の方がむしろ正気である

Twitterを眺めていたらこんなニュースが流れてきた。

tocana.jp

 

記事を簡単に要約すると、

 

幻覚剤を使用している時は、現実を捉えてないと思われがちだが、実はその逆である。

哲学用語では、直接知と方法知というものがあり、

非使用時は方法知という、記述・論証上の知識を得ており、

使用時は直接知という、経験上の知識を得ている。

 

 

みたいな。

その後はチベット仏教の話なんかをしているが、

 

記事全体を通して受ける印象としては、何を言っているかサッパリわからん。

 

 

原典に当たるのがめんどくさいので想像でものを言うが、

多分クリス・レスビーさんはそれなりに筋立ったことを言っているはずだが、

このサイトの記者がポンコツなせいで意味不明な記事になっているのだろう。

 

 

この主張がトンデモ論として一笑に付されるのもかわいそうなので、

「ドラッグ使用時の方がむしろ正気」という文章に対しての、

アヤワスカ体験をした僕の解釈を書きます。

 

 

僕の解釈なんかじゃなくて 

レスビーさんのまともなお話が読みたいよって人はこちら(英語)

www.3ammagazine.com

 

 

 

じゃあ僕の見解。

理由付けからゆっくり組み立てるような日本語的な文章を書くので冗長に感じたらごめんなさい。

 

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アヤワスカ体験中に僕が感じたことの一つは、

「なんでこんなことに今まで気づかなかったんだろう」

ということ。

 

(ちなみにコメント欄で勘違いしていらっしゃる方がたくさんいたので、一応説明しておくと、僕は日本国内の僕の部屋で完全合法でアヤワスカ体験をしています。ペルー行ってません。)

 

 

例えば、部屋の景色ひとつとってみても、

「フローリングのこっちの木目とあっちの木目が同じパターンだな」とか、

「壁紙のパターンがここで繰り返されているな」とか、

そんなことにはじめて気が付きました。

この部屋に住み始めて4年目なのに。

 

 

それは何故かと言うと、

普段壁を見ても「これは隣の部屋との境目だ」としか感じていないからです。

 

これは直接的な知覚ではありません。

直接的な知覚だと、壁を見て「床と垂直な、模様が描かれた板があるなあ」というふうになるわけです。

 

幼稚園児ぐらいの頃はそういう直接的な知覚をしていたはずですが、

成長と共に余計なことに脳のリソースを割くことが無駄だと学習していったので、壁を見ても「境目」としか思わないようになっていったわけです。

 

ネガティブな成長のようですが、

効率的に社会的生活を送る上では必要なことなので、

そういった、知覚から不必要なものを濾し取るフィルターが段々と形成されていくわけです。

 

ただし、このフィルターが正しく形成されるという保証はありません。

例えば同級生にいじめられて育った人は「同級生 = 怖いもの」というふうに、

過保護に育てられた人は「社会 = 誰かがなんとかしてくれるもの」というふうにフィルタリングしてしまうかもしれません。

 

僕が生まれてから今まで、壁が変形したり壁から銃弾が飛んできたことがないので、「壁 = 部屋の仕切りでしかないもの」というフィルターができていたのです。

 

 

アヤワスカを飲むと、学習によって獲得されたフィルターが外されます。

「コレをしても無駄だからやめよう、打ち切ろう」という考えがなくなります。

 

フィルターがなくなったので、僕は壁を見てパターンに気づけたわけです。

床の木目のパターンに気づけたわけです。

 

普段、床をみて木目のパターンにきづいたって、なんの意味もないことを知っているので、無意識的には木目のパターンを探したりはしません。

 

 

 

このことが、「ドラッグ使用中の方がむしろ正気」ということでしょう。

 

あなたが知覚するこの世のすべてのことは一度あなたの知覚を通っています。

 

その知覚の過程でフィルターによって歪められてしまうのをなるべく減らすのがドラッグだということです。

 

 

まあ「正気」というのは言い過ぎだと僕も思う。

非使用時の状態こそが「正気」なので、

「ドラッグ使用時の方が即実(物)的」ぐらいが適切だろう。

 

 

 

余談になりますが、

この正しく形成されたかわからないフィルターを好きな形で再形成するのがアヤワスカ等のドラッグで可能だという話があります。

脳の再プログラミングとか言うそうです。

これによって改善する精神病があるとかないとかそんな話です。

よもやま話。