めしがくいたい

あるMENSA会員の生活

僕のアヤワスカ体験


先日アヤワスカ体験をした時の話を書きます。
もしよかったら、この記事を読んで受けた印象をコメントで教えてください。

 

 

アヤワスカとは・・・
特定の植物のカクテルを飲み、変性意識状態に突入するもの。
南米で数千年前からシャーマンによって行われている精神的儀式。
宇宙の真理や悟りに近づける、と評判。
適切な植物を使えば日本国内でも合法でできる。

 

変性意識とは・・・
日常の意識状態とは違う状態。
トランス状態や深い眠りについている状態等、
とにかく通常と違う意識の状態すべて。

 

シャーマンとは・・・
神や宇宙と交信する儀式を主導する人。
変性意識状態の時にバッドトリップしないようにする役割の人、というのが現代的解釈。

 

バッドトリップとは・・・
トリップ中は精神のエンジンが暴発しているような状態なので、
ハンドルの切り方を間違えてしまってネガティブな方に突き進んでしまい、
精神的に死にたくなったり、単純に肉体的に辛い作用が出たりするトリップ。

 

注釈おわり。
厳密な定義ではないですが大筋は合ってると思います。

 

 

あと、この記事ではアヤワスカの方法については書きません。
必要な知識や物品について逐一紹介していると1冊書けちゃうぐらいの分量だからです。

本当にやりたい人はネットで調べたらすぐにたどり着けるはずなので調べてみてください。
「ちょっとおもしろそう」ぐらいの人には個人的にはおすすめしません。

 

 

あと、こんなコメントを頂きましたが、僕はおうちでやったのでペルー行ってません。。。

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じゃあアヤワスカの話に移ります。

 

 

 

 

僕はまず、ネット上の経験談や体験者のフォーラムをよく読みました。
そこで感じた印象としては、
「なにコイツらトリップした程度でイキってんの?笑」でした。

 


フォーラムでは、

「トリップをしてこの世の真理に気づいてしまった」
「この気づきを持っている人が少数派というのが悲しい」
「現実と折り合いをつけて今後も生きていかなきゃならない」
「宇宙って、世の中ってこういうことだったのか」

みたいな書き込みがいっぱいあるわけです。

いやいやチョーシ乗んなよと。
おクスリで飛んで高尚ぶってるイタい集まりだと思ったんです。



が、アヤワスカを体験した今では気持ちがよくわかります。
もちろん真理に気づいてなんかいないですが。笑
気持ちが分かるだけです。
そういう書き込みをしている人たちはやっぱり「イキってるだけ」です。

 


また、「言葉に出来ないような体験」とか「言い表せないような深淵」みたいな書き込みも多いのですが、
言葉にできないならレポートの意味がないと思うので、僕はなるべく言語化しようと思います。

 

 

 

で、実際にアヤワスカ茶を飲んでみました。


今回僕が飲んだのはACRBというものです。
Acacia Confusa Root Bark でACRB。
アカシアの木のコンフサという種類の根の樹皮(根皮)。


トリップ中のことは基本的に抜けちゃうと忘れたりするので、
記録に残そうと思ってメモとペンを用意しました。

結果的に言うとそれが裏目に出たといえば出たんですが・・・・。

 


ここから体験談

(時間についてはアヤワスカの種類と量と体質によって違うので参考にならないと思います)


パソコンの前で普通に作業したり動画を見ていました。。
瞑想等はしていません。

 

 


飲んで30分して、

ほろ酔いのような状態になりました。
聴覚としては静かすぎてキーンと鳴っているような感じ。
そして、寝ようと思えば寝ちゃえるぐらい体が鈍い。
体は重く、頭は冴え渡っているような感じ。

 

 

 


さらに10分して、


体は完全にだるんだるんで気を抜けばどこまでも沈み込んでしまいそうな感覚。
ただ、動かそうと思えば自由に動く。
メモを取り続けるために体を動かしているから寝なかっただけで、下手すると寝てしまいそうなだるさ。
だるだる過ぎてベッドで横になった。

 

しばらくおとなしくしていると、
景色にモヤがかかってきて、だんだんとぐにゃぐにゃに見えてきた。
集中してみてみると、サイケデリックな模様が見える。

目をつぶると、眩しいぐらいにサイケデリックな模様が見える。
イメージとしてはこんな感じ。

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思考力は冴え渡っているがその方向性が散漫で、メモの手が追いつかなくなる。
「あいうえお」と書こうとしているのに「あう」とか書き始めてしまうみたいな。

 

 

飲んでから1時間ぐらい経って、


気を抜くと思考がどこまでも行けてしまいそうな感覚を得る。
普段なら、思考がループした際に、「あ、ループしてるから思考を打ち切ろう」と考えるところを、
爆発した思考力で延々と打ち切らずにループしたままにできて、しかもそれが心地よい感覚。

ループしていると言っても毎回同じ道を辿るのではなくて、
ループするたびにうねりを伴っていて、2巡目では気づかなかったことに3巡目で気づいたりするようなループをする。

これをずっと続けていると悟りに近づけるんじゃないかという、妄信的な確信があった。
根拠はないけど、直感的な感覚。

 

が、記録しなければならないというルールも決めていたので、文章に起こす。
文章に起こしている間は、文章を書くスピードでしか思考ができないので、
思考が遅くなる。

 

 

 

ここで悪いことを思いつく。


幻覚が見えた状態で外の景色を眺めてみたくなる。

注意)
トリップ中に外に出ると帰ってこれなくなったり人に迷惑をかけるので絶対にやめましょう。

マンションの1階にポストのチラシを取りに行くことにした。
その途中で「公園に行ってみよう」とか「買い物に行こう」とか色んな興味が湧いてくる。
が、理性でなんとか耐える。

 

無事自分の部屋の前まで戻ってきてマンションの柵から外を眺めていると、
確かに幻覚はキレイに見えたが、サイケデリックな模様が見えるだけなので、
内でも外でも変わらないし、
むしろいろんなことを思いついてしまって、「そうだここから飛び降りてみよう」という思考に至る前に部屋に退散した。

繰り返し言うが、絶対にトリップ中に外に出てはいけない。

 

 

思考力が爆発しているので、色んな発想がでてくるが、なんとか理性で抑えるという攻防が続く。
アヤワスカする前に「絶対にこれだけは何があっても守る」というルール決めが必要だと思った。

 


飲んでから1時間と15分。


脳のフィルターが外れていることに気づく。

脳のフィルターとは

meshigakuitai.hatenablog.jp


ここで書いたようなもの。

 


そして、思考が高尚に感じられてくる。
世の中のいろんなことがつまらなく思えてくる。

人間はストーリーで思考するのが得意で、再帰的に論理のフレームワークを使って思考するのはあんまり向いていないとかそんなことを考え始める。
ただ、それでは有限の時間の中で答えを出せないことがあるので、フレームワークを学習することで、思考にキリをつけているんだなあと思う。

アヤワスカするとそういうフレームワークが一旦取っ払われるのでグルグルグルグル思考が巡り巡り続ける。
ここで20分ぐらい思考をめぐらした。

 

 

 

飲んでから1時間45分。


メモ以外に記録を残そうと重い、兄に電話する。
考えていること等を発表するも、ドン引きしていることに気づいたのでやめた。

注意
友達なくすのでトリップが終わってからも周りに体験談を喋らないほうがいいと思います。

 

 

 

 

ここでやるせなさと孤独を感じ始める。

 

というのは、思考をぐるぐると巡らせていると、「人間って思ってたほど、だな」とか「社会って〜〜だな」という気づきに発展していく。
(この辺の話は横道にそれてしまうので別の記事で個別に書くことにする。)

 

 

しかし一方で、自分がどれだけ気づいたって、今まで通り人間も社会も平常運転するわけで、
行けば行くほど社会との乖離は大きくなっていく一方だと知る。

平常運転の社会とこれからどうやって折り合いをつけていけばいいのか、やるせなさを感じ、
同じ価値観の人が(おそらく)少ないということに孤独を感じる。

 


同じ価値観の人いるからアヤワスカ体験者のフォーラムがあんなに盛況なのかと気づく。

 


飲んでから2時間。

 

そのやるせなさと孤独について思考を巡らせる。
思考の中で、この感覚は文学作品で読んだことあるぞ、とか、
もしかしてこの漫画/楽曲はこのことを言っていたのでは?という気づきが出て来る。

 

 

例えば、
思考を延々とループさせた先に悟りがあるという確信めいたものがあったが、
これって禅問答と同じシステムでは?ということ。

ある程度で打ち切っていた思考を禅問答によって深掘りしていくことで、悟りに近づけるというシステムになっているんじゃないか。

 


そういう、先人・偉人が残したものと自分の直感が被ることで、
アヤワスカによるトリップそのものが高尚なことに感じられてくる。

 

自分が今感じていることが真理に近づくことなんじゃないかと感じ始める。

 

 


とかいうことを更に1時間ぐらいずーっと考えて、徐々にトリップから帰ってきた。

大体飲んでから普通にもどるまで3時間か4時間。

徐々に戻るので完全に抜けたのはもっと先かもしれない。

 

 

 

帰ってきて思ったのは、


アヤワスカのトリップは無根拠に高尚に思えてしまうなあということ。

自分が自力で考えてたどり着いたことが、昔の偉大なお坊さんや文豪と同じだったとして、
そんなことはなんの高尚性もないんだ、ということ。


それはただの追体験であって、先人が真理だという保証はどこにもないということ。

 

 

例えば、アヤワスカでトリップして相対性理論を自力で編み出せたら、それは真理にたどり着いたということになるが、
文豪と同じところまでたどり着いたとして、それは文豪もトリップしていたかそれに準ずるような体験をしただけだということ。

 

 

アヤワスカで高尚ぶってるみなさんにはぜひそこのところを考え直していただきたい。
人文科学の真理と自然科学の真理は証明可能性という面で違うんじゃないかなあとおもいましたまる

 

 


まとめ

今回は記録を残しながらトリップしたので、深いところまで行き着かなかったという実感があります。
瞑想しながらトリップすると、より行けるんじゃないかという好奇心と、
今までの自分からかけ離れたものになってしまいそうな怖さ、そうなったときに平常運転される社会に馴染めるのかという不安がありました。

 

 

ここで好奇心ばっかり勝ってしまうと、元々の自分は死んでしまうような気すらしたので、
軽い気持ちでアヤワスカに手を出すのはオススメしないです。
ただ体験自体は非常に面白いですし、人生により深みをもたらすものだと思います。

 

 

 

あのスティーブ・ジョブズ
LSD体験で得られたインスピレーションがなければ自分の成功はなかっただろう」とか言っているらしいですよ。

 

 

ちなみにジョブズですら「LSDで得られた体験は言葉にできない」と言っているので、
この記事が意味不明なのも仕方のないことだと思います。
ただ、アヤワスカすれば僕の言っていることもわかると思います。